【税理士事務所のダントツ通信】をご利用いただいている素敵な方々を順番にご紹介させていただきます!
第1弾 佐藤会計事務所 佐藤明宏先生(栃木県鹿沼市)
    取材日:2008年9月16日
はじめまして!栃木の佐藤明宏です! さぁ、記念すべき【ダントツな人々】の第1回目は、日本一!影が薄いと言われる栃木県の鹿沼市でモーレツに活躍中の佐藤明宏先生です。

ちなみに、私ども3人は親しみと敬愛の意を込めて
「さとちゃん♪」と勝手に呼んでおりました。

ただ、お顔もまったく存じ上げていなかったので、JR鹿沼駅に迎えに来ていただいても、一体どなたが佐藤先生なのかさっぱり分かりませんでした。

←カーソルを当てるとステキな笑顔になります。


でも、なんとか無事に巡り会えました。人生、その気になれば、なんとかなるものです。

改めまして、佐藤明宏先生。52歳。きっとA型。[佐藤会計事務所グループ
よさこいが趣味のお美しい奥様と公認会計士で柴咲コウ激似の長女と高校生の次女の4人家族です。


会計事務所とは別に会社も経営しています どうやら見せ掛けだけは、アットホームな雰囲気をかもし出しているようです。

念のためと私(杉山)の保身のために申しておきますが、佐藤先生が「必要以上に面白くいじってくれなきゃヤダ!」とおっしゃったので、このように書かせていただいております。
当然ですが、悪意など微塵も欠片もございません。

佐藤先生は、こう見えても慶応ボーイです。だからどう見えるのかは知りませんが、高校時代の最初は理系でした。しかし、途中から文系に変えました。

それは、2年生のときの物理の先生のことが嫌いだったからです。でも、そのとき文系に変わったからこそ今の自分があるのです。それでも2年生のときの物理の先生のことが今でも嫌いらしいです。

やれやれ。

それに比べて進路指導の先生はいいことを言ってくれました。商学部への進学が決まった佐藤青年に「商学部へ入ったら公認会計士を目指したらどうだ?」と言うと「父親の跡を継いでみては?」と。


超バブリーな時代に建てました。。。 佐藤先生が初めて「公認会計士」という言葉を耳にした瞬間でした。

佐藤青年は、モーレツに勉強をしました。大学1年の中間試験のときのことです。簡単な決算書を作る問題が出ました。でも、どれだけ考えてもB/SとP/Lの利益が合わず、佐藤青年は動揺して思わず失禁しました。だって、先生が「簿記の試験は100点か0点しかない」などと脅したからです。

でも、今ではこうして6人の職員を抱えて立派にやっています。彼らは、この事実を知りませんが…。

大学の授業が終わると水道橋にあった予備校にも通いました。週三日のペースで1年3ヶ月もです。3年生になってもゼミには入らず、そのまま予備校に通いました。来る日も来る日も勉強漬けです。

4年生のとき、初めての受験で×でした。そして、卒業したら無職です。

目標はあるが、なにかが違う。今まで通っていた大学に行くこともない。


ちゃんと私の話を聞いてね 虚無感。佐藤青年は、軽度の鬱状態になりました。まるで、よりどころを失った孤独な浪人のように。そのとき佐藤青年を救ったのが、筒井康隆の小説でした。なぜか読んでいるとス~ッと気分が楽になったそうです。

それからというもの、前にも増して勉強をしまくりました。今の俺にできることはこれしかないんだ!俺は一旦、心に誓ったことはやり遂げる男なんだ!

そう自分に言い聞かせたのかどうかは存じません。


そして、2回目の受験で見事に公認会計士二次試験(一次試験は免除)に合格しました。
佐藤明宏、24歳のときです。当時は、現在の制度とは違って三次試験を受けるために3年間の実務経験が必要でしたので、そのために現在のトーマツの前身である中堅監査法人へ入りました。


では、これから簡単な講習会を始めます! それから3年が経ち、三次試験は見事に一発で合格しました。思うに本番には強いタイプらしいです。

でも、どこをどう見てもまったくそのように感じさせないのは立派です。公認会計士だけに、計算ずくなのでしょうか。

ところが、この年、佐藤先生の父親が心筋梗塞で倒れました。そのとき彼は「俺が跡を継がなければ」と拳を強く握り締めると心に誓ったのです。

その父親は御年79歳で今もバリバリの現役です。


昭和59年から父親が創めた税理士事務所へ入りました。職員はといえば、叔母と自分だけでした。ズッと父親の鞄持ちと運転手をさせられました。これがまた税務署あがりの頑固なお父様なのです。


先生は、奥様とどこで知り合ったんですか? 当時は、自宅の一部が事務所だったため、24時間一緒に生活をしていました。昼間、仕事で怒鳴っていた父親が夜は同じ食卓で晩ご飯を食べています。
本当に嫌で嫌で仕方なかった。。。

そんなこともあって平成4年に現在の場所に土地を買うと新たに事務所を建てました。が、超バブリーな時代で土地が超高かったので、340坪の土地を同級生と一緒に購入して2つに分筆しました。

だから、佐藤会計の隣は、同級生の歯科医院です。
当然のように、お隣さんは佐藤会計の顧問先です。


現在の顧問先数は、法人が100社を超え個人もそれ以上あります。父親は開業35年、佐藤先生は22年なので、決して早いペースとは言えません。しかし、ゆっくりだけど確実に着実に顧問先数は増え続けています。

ところが、佐藤先生はたったの一度も営業をしたことがありません。


職員さんたちはマジメにコツコツと業務に勤しんでおります そう、体質的に営業がまったく合わないのです。
そんなもの大嫌い!という感じです。

それでも、ひっきりなしに紹介があるのはなぜなのでしょうか?それについて私が訊ねてみました。

すると「お隣の歯医者みたいに、同級生の商売人が顧問先になってくれたねぇ。ありがたいね」と感慨深げなさとちゃん♪

が、しかし、中・高校生のときの同級生たちに助けられただけでは、今日の佐藤会計は存在しません。


さらに私は「佐藤はん、本当のこと言ったらどないや」という表情で再び訊ねると「税務調査のとき前の事務所の先生が頼りなかったから…とブツブツ言ってうちに変わってくる社長が多いね。でも、僕も今は戦わないけどね。あはは」と自分で突っ込んで大笑いする佐藤先生。


裏庭を眺めているとホッとするの。。。あ、呼んだ? そして「うちは担当の職員をまったく変えないので顧問先と相性がいいと絶対に落ちないよ」と言うと鹿沼名物の焼きんとんを口一杯に頬張りました。

「何個でもひけるでひょ?」とお口の中のお菓子のせいで言葉になりません。翻訳をすると「何個でもいけるでしょ?」だと思われます。

しかし、それにしても話の流れからするとまったく意味不明な会話となります。な、なぜなんだ。。

←ところで、カーソルを当てると振り向きます。


あぁ。。佐藤先生は52年間も自分自身と付き合ってきたのに、自分のことをなにも分かっちゃいない。彼には、顧問先や職員たちや銀行の融資担当者だけでなく、同級生をはじめ周囲の人たちまでもオブラートのようにソッと包み込むような信頼感があるのです。

私どもは、それをお会いしてからたったの30分で見抜いたのです。片や52年間まったく気づいていません。今まで培った実績を1つずつ積み上げることにより、自然と顧問先が増え続けたのです。


こんなところにもダントツ通信が! その証拠に、こんな話を伺いました。ある会社の社長が、自社の顧問税理士である佐藤先生に「気持ちです」と言って100万円の札束を手渡しました。

佐藤先生は「へ?なんで?普通にお仕事しているだけなのに…」と疑問に感じました。小心者ゆえ、以前に書類作成をした代金として10万円をいただき残りの90万円を相手の銀行口座へ返しました。

すると案の定、その社長に怒鳴られました。マジでビビリました。そうです、佐藤先生はそこにいるだけで札束がもらえるほどの徳をもっている方です。


札束をもらったのは、後にも先にもこれだけですが。


とっても仲のいいご夫婦で~す♪ 一度、縁を結んだ顧問先も職員たちも、まったくといっていいほど佐藤明宏から離れません。

しかし、この奥様がどう思っているのかは、私には分かりません。あ、とっても軽い冗談です。

とても初めてお会いしたという感じではありませんでした。そういう意味でも、アロンアルファ並みの吸着力で1つ1つ信用を積み重ねていくようです。

決してだれにも媚びず、他に影響されることなく、淡々と自分の色を出し続ける方だと確信しました。                
取材後記
毎晩、ワインとビールと日本酒を飲んでま~す♪ 佐藤先生は、本当に素晴らしい方です。だって、取材が終わると私たちに近くの割烹料理屋でご馳走をしてくれました。カーソルを当てると微笑みます→

鹿沼市で事業を営む経営者は是非、佐藤会計と顧問契約を結んで下さい。

ふと気がつきましたが、肝心なことを言い忘れておりました。ダントツ通信についてですが、佐藤会計では請求書を発行しないので、巡回担当者が顧問先の社長へ手渡しています。楽しみにしている社長やその奥様も多く、社員にも回覧しているそうです。

JDLの所長にも大好評で毎月それだけを取りに来ます。先日、佐藤先生が商工会議所のセミナーにダントツ通信を使ったら、会議所の担当者も「使ってみたい」と言ったそうです。
鹿沼市で事業を営む経営者は是非、鹿沼商工会議所へ入会して下さい。


営業も必要以上の露出もほとんど行わない佐藤先生。今日では、ダントツ通信を配ることによって、公認会計士・佐藤明宏の今まで隠れていた部分が顕在化されようとしています。


職員は増やさないけど、髪は増やしたいなぁ。。。 だから、真っ昼間から生ビールを飲んでいる場合ではありません。佐藤先生は、酔いながらも「笑顔が絶えない事務所にしたいね」と静かに笑いました。

そして「ミカンエキスを頭皮に吹きかけてマッサージするとそれだけで頭髪が20本くらい抜けるけど大丈夫かな?」とまた1人で突っ込んでいました。

さとちゃん♪あなたって人は。。。
ありがとうございました。またお会いしたいです!

取材:幸松慎太郎、志賀功宗、杉山弘道

(佐藤先生のお父様は、平成21年にお亡くなりになられました)


ダントツな人々
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